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刀装具【鐔・縁頭・目貫・小柄】  赤銅地寒山拾得図 - Shakudo ji Kanzan,Jittoku zu -

【赤銅地寒山拾得図目貫】日本刀専門店【十拳-TOKKA-】刀装小道具・刀装金工・鐔・縁頭・目貫・小柄

縦/height 1.6cm 横/width 3.4cm 正価/price 売却済-sold-

古く唐の時代、天台山国清寺に豊干禅師という得の高い僧がいた。 この豊干禅師が拾い寺で育てた子が拾得であり、寒山は付近の寒巌に住んでいたのでこれを名としたという。 寒山と拾得が語ることは常人には理解しがたかったが豊干禅師はこれを解したといい、また寒山拾得はよく二人で戯れ遊んでいたという。 閭丘胤という人があるとき台州に赴任することとなり、付近に教えを乞える人がいないかと豊干禅師に尋ねたところ
「師曰 見之不識 識之不見 若欲見之 不得取相 乃可見之 寒山文殊 遁迹国清 拾得普賢 状如貧子 又似風狂」
(見ようと思えばわからなくなり、識ったと思えば見えなくなる。もしも見たければ、その姿かたちによって見てはいけない。 私のもと居た天台山国清寺に文殊と普賢が居る。文殊は寒山、普賢は拾得という。二人とも乞食のようでもあり、風狂のようでもある) と教えた。閭丘胤は台州に着任後、国清寺に赴き寒山と拾得に教えを請いに行く。 竈の前で火にあたりながら大笑いしている二人を見つけ、閭丘胤が礼拝すると二人は声を合わせ大笑いしながら、
「豊干饒舌饒舌 弥陀不識禮我何爲」
(豊干のおしゃべりめ。阿弥陀を識らずに我らに礼をして何になろうか)といって寺から走り出たまま戻らなかった。 その後、閭丘胤が彼らのあとを尋ねるとそこには三百編余りの詩が書かれており、これを寒山子として編纂したという。 寒山と拾得は豊干禅師は阿弥陀如来の化身であったとほのめかしている。 この寒山拾得図は禅宗の教義や精神を表現した禅画の中でも達磨図、円相図とならんで人気が高く、刀装具にもよく見る。 本作は赤銅地に金銀色絵で彩色された華やかな目貫。柄に巻いても、出し目貫としても良さそうである。

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