HOME > 日本刀一覧 > 過去に掲載された日本刀 > 刀/肥前国伊勢大掾藤原吉広(合作)
日本刀・刀・肥前刀(合作) - Japanese Sword HIZEN GASAKU -
表銘/願主 肥前国伊勢大掾藤原吉広 嫡男 越前大掾藤原氏広 二男 吉左衛尉広永
裏銘/鎮守 四面宮御宝前 寄進宝剣壱箇所之事 寛文十三年癸丑二月吉日
武運長久息災延命 子孫繁栄吉祥如意 敬白
- 長さ
- 86.2cm
- 反り
- 2.1cm
- 目釘穴
- 1個
- 元幅
- 3.8cm
- 先幅
- 2.7cm
- 元重
- 0.8cm
- 時代
- 江戸初期 寛文十三年(1673年)
- 国
- 肥前(佐賀県)
- 刃文
- 互の目丁子
- 地鉄
- 小板目
- 帽子
- 小丸
- 茎
- 生ぶ
- はばき
- 木はばき
- 外装
- 古白鞘
- 鑑定
- (財)日本美術刀剣保存協会
特別保存刀剣鑑定書附 - 正価
- 売却済
三人合作の貴重な一振は、二尺八寸五分強。奉納のための鍛刀は幕末期にまま見受けられるが、江戸初期のものは滅多に見ない。銘振りの通り奉納刀として残され、350年近い年月を生ぶの姿で残す肥前刀。「伊勢大掾吉広」は初代忠吉の門人で、その子「越前大掾氏広」と「広永」で親子三人合作を果たす。
「鎮守 四面宮」は弘安四年に九州の総鎮守となった現「温泉神社(ウンゼン)」で、明治二年神社改正までは「四面宮」と称し、元禄六年には藩主親祭となっている。その佐賀鍋島藩は初代忠吉を藩工に迎え、豊富な資金(良鉄)で数多くの名工を輩出し、肥前刀の名を国中に知らしめた。
身幅・重ね豪壮で当時のままの姿を残し、互の目丁子刃文は小沸上手に付いて高低差があり、刃中明るく冴えわたる。平肉の付いた平地は小板目肌。帽子は乱れ込んで稲妻走り、この長刀で大切先は大変な迫力。鎬地広めの凛とした体配は綺麗な鳥居反りで、肥前刀の姿の良さは共通。生ぶ茎にはビッシリと願いが込められ、精魂を込めた気持ちも伝わる。現在は古研ぎで本来持つ良さが出し切れてはいない。しかしながら素性の良さは折り紙付きで、現在まで研ぎ減りなく来たことを考えるとこの状態で大事にしたい。刀剣史的にも貴重な一振。古白鞘入り、特別保存刀剣鑑定書附。不粋ながら・・・「武運長久息災延命」災いなく生き存え、戦いにおける良い運が久しく続くことへの願い。「子孫繁栄吉祥如意」末永く子孫が栄え、願い通りの幸せが訪れますように。敬白
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