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兼綱  (銀象嵌)従一安入道傳之 小笠原 同(以下切れ)

Katana /
Kanetsuna
(Ginzogan)Ju Ichiyasu nyudo denkore Ogasawara(Ikakire)

長さ / cutting edge
68.4cm
反り / sori
1.5cm
目釘穴 / mekugi
2個
元幅
2.9cm
先幅
2.2cm
元重
0.6cm
時代
室町中期 明応頃(1492年)
period
mid muromachi (1492)
美濃(岐阜県)
country
mino
刃文
互の目乱れ
hamon
gunome midare
地鉄
板目
jigane
itame
帽子
乱れ込み
boshi
midarekomi
はばき
銀着一重
habaki
silver foil single
外装
白鞘
mounting
shirasaya
鑑定
日本美術刀剣保存協会 保存刀剣鑑定書附
Certificate
[N.B.T.H.K] hozon
正価
売却済
price
Sold

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正兼綱の祖は南北朝時代の直江志津と言われ、室町後期まで続いている。本作は美濃関、明応頃の兼綱で尋常な身幅重ねに棒樋を掻いて手持ちが良い。潤いのある板目肌は杢目を交え、よく練れて地景が入り、古刀らしい抜群の地鉄を見せる。互の目乱れ刃文は小沸たっぷりと付いて刃中も明るく、帽子は乱れ込んで入り僅かに返っている。茎は約2寸磨上られるが錆色も良好で、銘の横には銀象嵌により織田忠寛から小笠原家に伝わったことが想像出来る。古い銀着ハバキも凝ったもので、漢字変換が出来ない神字でサムハラと彫り込まれる。これは怪我除けのお守りになると云われ、古くは加藤清正が刀にこの文字を彫り、文禄・慶長の役の際には九死に一生を得たという。保存刀剣鑑定書附。

*「一安入道」とは戦国期の武将、織田忠寛の法名。織田信長の一族でもあり信長に仕えて対武田交渉を任されている。後にその任は小笠原家に引き継がれ、天正10年(1582年)、甲州征伐で武田氏が滅亡すると、小笠原貞慶は信長から信濃筑摩郡に所領を与えられた。信長が本能寺の変で死去した後は天正壬午の乱において徳川家康の家臣となり、後に松本城を奪還し大名として復帰を果たした。文禄4年(1595年)死去。

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