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日本刀について<十拳の考えるシリーズ>

良い出来って?

 出来の善し悪しは、本来総体的に観て判断するべき物でしょうが、「地鉄優先」派と「刃文優先」派とに分かれるのは良くあることです。鑑賞するにあたって、当然自分の好みが先に立ちますから「地鉄優先派」は自分の好みにピッタリの地鉄に出会えれば、僅かに刃文の濁りがあろうともその刀を良い出来だ!と賞賛し、「刃文優先派」はその逆。誰が見ても惚れ惚れするような刀もたまにはありますが希で、金額的にもおいそれとはいかないのが現実。

 古い刀になるとその「派閥」はもっと枝分かれし、尚且つ個人的趣向が強くなるようです。私ども業者が刀を仕入れる際や原稿を書き上げる際も、少なからず個人の趣向が反映されてしまいます。勉強会や書籍等で「名刀の定義」は説明されていますが、どこか抽象的で分かりづらいというのが現実ではないでしょうか。

 では初心者の方が、良い出来を判断する基準は何でしょう?各種書籍を読むのはもちろん有効ですが、やはり現物にはかないません。各地の刀屋さん、展示会、博物館などで見ていく内に、ご自身のなかで「閃く」ものがきっとあります。それは姿だったり刃文、地鉄だったり様々だと思いますが「あなたの中の良い出来」は最優先されるべきで、また、そのような思いで手に入れた一振りは永きに渡って鑑賞できると思います。最初の基準は自分の好みから始まるのではないでしょうか。

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疵(きず)のあれこれ

 一口に疵といっても小さいものから大きいもの、小さなものが沢山あったり大きいものが一本長くあったり・・・と様々です。「値段に影響が出る疵の大きさはどの位か?」と質問を受けたことがありますが、これも又難しい質問で実際に刀を見せて「これは影響なし」「これはマイナス10万」などと説明した記憶があります。特に鍛えが「立ち気味」の地鉄は、それこそ見る人によりけりで「これは疵だ」という方と「良い鍛えだ」と、まったく別の意見が飛び出す事もあるほどです。疵の認識は人それぞれですから、電話での商品説明には特に気を使い、「1cmの髪毛を置いたぐらいの疵が、はばき上10cmの・・・」とか「鉛筆の先でチョンと押したぐらいの・・・」という具合に、出来るだけ想像しやすい言葉を用いて誤解のないようするのですが、同質の疵でも研ぎや元々の鍛え肌により見え方(印象)が変わってくるので一筋縄ではいきません。

 現在は通販も定着してきて、クーリングオフも行き渡りましたから店側の説明と、お客様側の認識がずれていても簡単に返品出来ますが、それでも現物を見ずに注文するのは勇気がいるもの。店側の説明が手に取るように解るようになれば、楽しく物選びが出来るのですから、機会があれば気に入ったお店の商品と説明文を照らし合わせながら鑑賞すると、お店側の商品解釈が分かりますから、次回から電話で注文出来るのではないでしょうか。

 誰でも無疵の刀が良いと思いますが、時代のあるのもですからあなたの許容範囲、少しだけ広げると掘り出し物も・・・!?

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銃砲刀剣類登録証

 日本刀・刀剣というとまず頭に浮かぶのが「銃刀法」ですね。日本刀を所持するには警察への届出や申告の必要だと思っている人が多いのですが、これは誤りです。日本刀には一振一振に銃砲刀剣類登録証というものが付いています。人間でいう戸籍のような物だと思って下さい。持ち主が変わった時にはこの登録証の名義が替わります。東京にお住まいの方が大阪府発行の登録証付き刀剣を取得しても、その登録証自体を変更するわけではありません。ですから購入後そのままお持ち帰りになることが出来ます。ご購入の際、所有者変更届出葉書をお渡ししていますので、「お名前・ご住所・登録証記載事項」をご記入の上ポストに投函すれば手続きは終わりです。尚、日本刀の登録は、各都道府県の教育委員会・文化財保護係が発行しています。

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何度も曲がる刀、何度も戻る刀

 研磨で刀を預かった某研師。「刀身中央部が曲がっていたのでそれを直し、翌日見ると直したはずがまた曲がっている!」研磨で刀を預かった某研師。「物打ち辺りが左に曲がっていたので直したら、はばき近くが右に曲がった。今度は、はばき近くを直したら、また物打ちが曲がった!」試し切りが趣味の故某氏。「刃筋が通らず、うっかり曲げてしまった刀が翌日見ると真っ直ぐに直っていた・・・。」信じられないような本当の話です。日本刀には昔からこの手にまつわる話は多く、不可解と思えるこのような出来事ですが理由はありそうです。日本刀のあの形は、絶妙なバランスの元に成り立っていますが、それが外的に強い衝撃を受けると、上記のような現象がおきます(刃側、棟側、鎬側とピンと張りつめた状態がここで言うバランス)。私どもの言葉で「腰が抜けた」と言い、その極端な例なのです。一度曲がった刀は「曲がり癖」がついて弱くなるというのも、元々のバランスが崩れてしまったためと思われます。曲がった刀が直るというのは、逆に腰が抜けておらずに自己復元されたものと考えられます。元に戻ろうとする力が強かったのでしょうが、日本刀の奥深さに感服しますね。

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鑑定は結果ではない?!

 鑑定書、認定書、極め、小札、鞘書・・・在銘無銘問わず識者がその日本刀の真贋や作者を決め発行しているものです。在銘はチトややこしいでので、ここでは無銘鑑定のお話を。

どなたでも無銘の御刀を所持しているなら、この刀はどこの誰の作なんだろうとの考えに伏せるはず。そこで登場するのが各鑑定機関ですが、試しに3ヵ所出してみたら、A機関の鑑定は○○、B機関の鑑定は△△、Cは□□・・・と違った証書を受け取られた方も多いのではないでしょうか。その差は何か?「人間のすることだから」と逃げはしませんが、奥深さが少しでも解れば鑑定結果から色々な事を推測できます。

堅い話になりますが、たとえば五箇伝。山城・大和・相州・美濃・備前。皆さんご存じのように鎌倉期を過ぎ、時代が下がるにつれて刀工の出稼ぎ!?も増えて“大和から豊後へ”“相州から山城へ”“備前から相州へ”・・・と刀鍛冶は各地へ移住しています。もちろんそのあと技術は子へ、弟子へ、と引き継がれ当地の技術も吸収し、独自の作域へと変貌を遂げていきます。当然その地の鉄を使い、炭を使い、大和伝の強い豊後の刀・・・。相州伝の強い山城の刀。などなど。鑑定書籍が多数出版され、江戸時代から今まで鑑定に関する奥深さは、この作域の変化との追いかけっこです。しかし、2万人以上いる刀工を個々に特定するのは理屈抜きに不可能なのはお察しの通りで、時代判断と伝法を嗅ぎ分けて類似した「時代」や「国」「作者」「各地の刀工群」に割り振るわけです。

 私ども業者はその鑑定に基づいて「無銘 直江志津 特別貴重刀剣」などと記します。当然誰が見ても直江志津!と思えるものからホントに直江志津?と思える物まで存在するのは事実ですが、大和伝の強い志津から美濃伝の強い志津まであり、はたまた相州伝の強い志津も・・・。志津と極められず、他の国へ鑑定されたとしても、上記の事を踏まえると肯定も否定もしかねるのは私だけではないはずです。

 在銘には在銘の持つ喜びがあり、無銘には無銘の持つ楽しみがあります。たとえ、2枚別々の鑑定結果を記した鑑定書をお持ちであっても、上記の事を踏まえると致し方ない結果であり、日本刀の奥深さの一つと考えては如何でしょうか。えっ!時代まで違う・・・・うぅぅ、困りました。

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